横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)1226号 判決 1976年7月20日
原告
金子啓一
ほか三名
被告
有限会社八木興業生コン
ほか一名
主文
一 被告らは連帯して、原告金子啓一、同金子美穂、同金子笑子に対し各金四二九万三二一六円及び原告金子力太郎に対し金一〇二万円並びにこれらに対する昭和四八年八月三〇日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その八を被告らの、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告らは連帯して、原告金子啓一、同金子美穂、同金子笑子に対し各金五三四万二三四三円及び原告金子力太郎に対し金二〇〇万円並びにこれらに対する昭和四八年八月三〇日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
(一) 原告らの請求をすべて棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
金子栄二(以下、栄二という。)は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて死亡した。
1 発生時 昭和四六年一〇月二二日午後四時四〇分頃
2 発生地 相模原市上溝一五三九番地の一
3 加害車 普通特殊自動車(コンクリート・ミキサー車、相模八ほ一九三九号)
運転者 被告梅沢
4 被害者 栄二
5 事故の態様 前記場所先の道路に駐車中の加害車が、下り坂である右道路を無人のまま徐々に下り始めたため、付近にいた栄二が、これを停止させようとして、同車運転席右側ドアを開け、運転席に乗り込もうとしたところ、前記場所先で加害者の右前輪が道路端の軟弱な路肩にかかり、同所が長さ約七メートル、幅約〇・九メートルにわたつて崩れたため、同車は右に転回して、路肩より約一・三メートル下方の低地に運転席を下にして墜落し、栄二も同車に振り落された格好で低地に墜落し、同車の運転席屋根に全身を圧迫された。
6 栄二は、本件事故により、右胸腔損傷の傷害を受け、即死した。
(二) 責任原因
1 被告梅沢は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任がある。
(1) (現場の状況)
本件事故現場は、国鉄相模線上溝駅から南東約一・二キロメートル、その頂上で相模原市光が丘方面から虹吹方面へ通ずる道路に丁字型に交差している坂を下つて、丸崎ゴルフ練習場に突き当る急な勾配(一万分の一一三一)の中間地点(右丁字路より約一〇メートル、丸崎ゴルフ練習場事務所より約二三メートル)にあたる。右現場付近の道路は、幅員約七・七メートル、歩車道の区別はなく、アスフアルト舗装され、丸崎ゴルフ練習場に向つて右側は、道路より約一・三メートル低く、竹林となつている。前記丁字路付近北西側においては配水路工事が行われ、右丁字路より虹吹方面へ向けて約四〇メートルの地点では、加害者の先行車が工事用生コンクリートを降ろしていた。
(2) (事故の発生)
被告梅沢は、生コンクリートを積んだ加害車を運転して光が丘方面から本件事故現場付近に進行し、丸崎ゴルフ練習場に向つて道路右側端に駐車し、同所より約五〇メートル先にある前記コンクリート降ろし地点まで赴き、同僚のコンクリート・ミキサー車の運転台にあがつて一服しようとしていた。ところが、被告梅沢は、エンジンを作動させたまま加害車を駐車させ、サイドブレーキと第三ブレーキとをかけたのみで、輪止めを施さず、また、第三ブレーキも甘い状態でロツクしていたため、加害車は、エンジン作動及び生コンタンクの回転による車体の振動によつて徐々にサイドブレーキの制動力が低下し、運転者不在のまま自走を始め、約一・四五メートル(推定毎秒約〇・三メートル)進行した。このとき、たまたま付近を通りかかつた栄二は、加害車の右自走を知り、同車がそのまま速度を早めながら走行を続ければ坂下の丸崎ゴルフ練習場に激突して、人の生命、身体、財産に対する危害が発生すると考え、コンクリート・ミキサー車の運転に自ら習熟し、かつ、加害車の速度が毎秒約〇・三メートルという極く遅いものであつたことから、これを停止させようと駆け寄り、右側ドアから運転台に乗り込もうとしたところ、前記の態様で本件事故が発生した。
(3) (被告梅沢の過失と因果関係)
自動車運転者は、勾配の急な坂道に駐・停車してはならず、駐・停車するときは、道路左端に沿わねばならないところ、被告梅沢は、右の禁止された場所に禁止された方法で駐車したものであるから、それ自体違法である。しかも、コンクリート・ミキサー車は、ミキサー内に生コンクリートが入つている場合には、絶えずこれをかくはんしていなければならないため駐車中もエンジンを作動させておく必要があり、このためブレーキを十分かけないとエンジン作動及び生コンタンクの回転による車体の振動によつてブレーキに緩みが生じ、駐車場所が急勾配の坂道であれば自走を始めることは十分予想されるから、あえて右のような場所に駐車するときは、運転者は、サイドブレーキ、第三ブレーキを完全にかけ、更に適当な輪止めを前、後輪に施すなどして自動車の自走を防止する注意義務がある。被告梅沢は、これを怠り、駐車に際し前記の如く不十分な制動を施すにとどまつた過失により、加害車をして自走を開始させたものである。
ところで、急勾配の坂道である本件事故現場道路において、コンクリート・ミキサー車である加害車が自走を始めて坂道を下り出したときは、同車が次第に速度を増しながら走行し、坂下のゴルフ練習場に激突して大きな危害を惹き起こすであろうことは誰にも予見でき、そして、付近にコンクリート・ミキサー車を運転できる通常人がいれば、同人が同車を停止させるべく栄二と同様の行動にでることもまた、十分に予見可能であつた。しかるときは、被告梅沢が加害車を自走させるに至つた過失と栄二の死亡との間には、相当因果関係がある。
2 被告有限会社八木興業生コン(以下、被告会社という。)は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文による責任がある。
3 被告会社は、被告梅沢を使用し、同被告が被告会社の業務を執行中、前記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項による責任がある。
(三) 損害と相続
1 栄二の損害と相続
(1) 栄二の逸失利益 金一五一四万四三六〇円
栄二は、個人で自動車修理工場を経営していたが、同人の死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金一五一四万四三六〇円と算定される。
(死亡時年齢)三三歳(昭和一三年一〇月一二日生)
(稼働可能年数)三〇年
(死亡時月収)金一〇万円
(控除すべき生活費)一か月金三万円
(年五分の中間利息控除)ホフマン式計算法による。
(2) 栄二の慰藉料 金五〇〇万円
栄二は、死亡時三三歳の働き盛りで、自動車修理業が漸く軌道に乗りかかつたところであり、一家の支柱として原告らを扶養していたものである。栄二は、右のような生活関係を被告梅沢の一方的過失に基づく本件事故によつて失い、しかも、被告らは本件事故後何らの誠意も示していない。従つて、栄二の精神的苦痛に対する慰藉料は、金五〇〇万円が相当である。
(3) 相続
原告笑子は栄二の妻、原告啓一、同美穂は栄二の子であつて、栄二の死亡により、それぞれ同人の右損害賠償請求権を三分の一ずつ相続した。
2 原告笑子、同啓一、同美穂の損害
葬儀費用 金八八万二六七〇円
原告笑子、同啓一、同美穂は、栄二の葬儀費用として金八八万二六七〇円を支出した。
3 原告力太郎固有の慰藉料 金二〇〇万円
原告力太郎は栄二の父であるが、既に高齢に達し、やもめの生活を送つていたところ、本件事故により最愛の息子を奪われて精神的支えを失い、日夜悲嘆にくれている。同原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、金二〇〇万円が相当である。
4 損害の填補
原告笑子、同啓一、同美穂は、自賠責保険から金五〇〇万円を受領しているので、これを三等分して、同原告らの各損害賠償請求権に充当する。
(四) 結論
よつて、被告らに対し、連帯して、原告啓一、同美穂、同笑子らは各金五三四万二三四三円及び原告力太郎は金二〇〇万円並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年八月三〇日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
(一) (一)項1ないし4及び6の各事実はすべて認める。同項5の事実中、駐車中の加害車が無人のまま坂を徐々に下り始めたこと、栄二が加害車に乗り込もうとしたこと、原告ら主張の場所先の道路右側の路肩がその主張のように崩れていること及び加害車と栄二が道路下の低地に墜落し、同人が加害車の運転席屋根に全身を圧迫された事実は認め、栄二が動いている加害車を止めようとしたこと及び同人が乗り込もうとしたとき加害車が動いていたことは否認し、その余は知らない。後述のように、本件事故は栄二の自損事故である。
(二)1 (二)項1のうち、(1)の事実は認める。(2)の事実中、被告梅沢が生コンクリートを積んだ加害車を運転し、原告ら主張の方向から本件事故現場付近に進行し、原告ら主張の地点で駐車したこと、駐車後コンクリート降ろし地点まで赴き、同僚の車の上で一服しようとしたこと、同被告は、加害車をそのエンジンを作動させ、生コンタンクを回転させたまま駐車させていたこと及び前記のように、駐車中の加害車が運転者不在のまま自走を始め、また、栄二が加害車に乗り込もうとして、同車もろとも道路下の低地に転落したことは認め、前記のように栄二が加害車を止めようとしたこと及び同人が乗り込もうとしたとき加害車が動いていたことは否認し、栄二は、加害車が自走を始めた時、たまたま付近を通りかかつて同車の右自走を知り、右自走を続ければ、原告ら主張のような危害が発生すると考えたこと、同人がコンクリート・ミキサー車の運転に習熟していたこと、同人が乗り込もうとしたとき加害車の右前輪が軟弱な路肩にかかり、同所が崩れたこと及び加害車、栄二の転落が路肩が崩れたためであることは知らない。(3)の事実中、被告梅沢に過失があること及びその過失と栄二の死亡との間に因果関係があることは否認する。
加害車は、本件事故直前に当初駐車した地点より約一・二メートル坂下に微速で移動し、道路右側路肩部分から右前輪全部を落として一旦停止した。加害車は、この時、少しでも車体に力が加われば直ちに道路右脇の崖下に転落する、いわば紙一種の状態にあつたが、崖下は無人の荒地(竹やぶ)で、仮に加害車が転落しても人の生命身体に危険の生ずる余地は全くなく、かえつて、私人がみだりに車体に触れれば、自己または第三者の生命身体に危険が発生する状況であつた。このような場合、私人としては、公的機関に連絡をとりその指導の下に加害車の移動を行うのが適正な処置であり、右のような車に乗り込むが如き行動は、その危険性を考え、差し控えるべきであるのに、栄二は判断を誤り、加害車を引き上げようとして、無謀にも停止している同車の前部より運転席右側ドア付近につかまつて右側ステツプに乗り移り、このため、一瞬の後に、加害車の転落と同人の死亡という結果を生ぜしめた。かような栄二の行動は、自己の過失(判断の誤り)に基づく自損行為であり、仮に、被告梅沢の加害車の駐車方法に過失があつたとしても、その過失と栄二の死亡との間には何ら因果関係がないものである。
2 同項2の事実中、被告会社が加害車を所有していたことは否認する。同車は購入代金の月賦支払中であり、所有権は売主に留保されていた。
3 同項3の事実中、被告梅沢に過失のあること及びそれによつて本件事故が発生したことは否認し、その余は認める。
(三) (三)項1の事実中、(2)は否認し、その余は知らない。同項2の事実は知らない。同項3の事実は否認する。
三 抗弁(過失相殺)
栄二は、急な勾配をなし、右側路肩が極めて軟弱な坂道を、崖下に向つて移動中の加害車に乗り込むという無謀な行動に出たものであつて、この点につき重大な過失があり、本件事故発生には右過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
過失相殺の主張は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
原告ら主張の日時、場所において、加害車及びこれに乗り込もうとした栄二がともに道路下の低地に墜落し、栄二がその全身を加害車の運転席屋根に圧迫され、右胸腔損傷の傷害を受けて即死したことは、当事者間に争いがない。
二 被告梅沢の責任
(一) 事故の態様
本件事故現場の状況が請求原因(二)1(1)のとおりであること、被告梅沢が生コンクリートを積んだ加害車を運転して光が丘方面から本件事故現場付近に進行し、丸崎ゴルフ練習場に向つて道路右側端に駐車したこと、同被告は、その後、駐車場所より約五〇メートル先のコンクリート降ろし地点まで赴き、同僚のコンクリート・ミキサー車の運転台にあがつて一服しようとしたこと及び同被告が、加害車を、そのエンジンを作動させ、生コンタンクを回転させたまま駐車させていたことは、当事者間に争いがない。そして被告梅沢は、右駐車に際して、サイドブレーキと第三ブレーキとをかけたのみで前、後輪に輪止めを施さず、かつ、第三ブレーキも甘い状態でロツクしていたため、加害車が、そのエンジン作動及び生コンタンクの回転による車体の振動により徐々にサイドブレーキの制動力を低下させたことは、被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなし、その後、加害車が運転者不在のまま徐々に坂を下り始めたことは、当事者間に争いがない。
以上の事実に、いずれも成立に争いのない甲第一四号証の八(後記採用しない部分を除く。)、乙第四、第五号証、第七ないし第九号証、原告笑子本人の供述(第一回)及び被告梅沢喜久夫本人の供述を総合すれば、次の事実を認めることができる。甲第一四号証の八、成立に争いのない乙第六号証の各記述、証人高橋忠雄の証言のうち右認定に牴触する部分は、いずれも前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
すなわち、
1 本件事故当日は、晴天で路面は乾燥しており、また、加害車は四トン車で、当時二トンの生コンクリートを積んでいた。
2 前記のとおり自走を始めた加害車は、約一・四五メートル進行し、路肩から道路下へ右前輪を全部落とし、道路に対して右斜めを向いた格好で一旦停止した。
3 栄二は、たまたま本件事故現場付近を通りかかり、加害車が自走したのを知り、かつて自動車教習所の指導員をしていたこともあり、又コンクリート・ミキサー車の運転免許を有していたこともあつて、既に右前輪を落として停止している加害車の側に駆け寄り、その様子を見るため、加害車の前部バンパーに乗り、同所から運転台の右側のバツクミラーとドアの把手とに手をかけて、右側ドアの方へ回り込んだ。
4 一方、被告梅沢は、前記のとおり一服しようとしているとき、加害車が自走を始めたことを付近の人の「車が動いている。」という叫び声で知り、直ちに駐車地点に駆けつけ、加害車が右前輪を路肩から落として停止しているのを発見した。しかし、未だ加害車の周囲に栄二がいることには気付かないまま、加害車が自力で上がれるか否かを調べるため、右後輪付近にしやがんで右前輪の状態を確かめようとしたとき、丁度、運転台右側ドアに回り込んできた同人を認めた。
5 被告梅沢が栄二の姿を認めるのとほとんど同時に、右前輪の落ちている辺りの路肩が崩れ始め、栄二もこれに気付いて加害車から飛び降りたところ、前後して路肩が駐車地点から丸崎ゴルフ練習場方向に向けて長さ約七メートル、幅約〇・九メートルにわたつて崩れ落ち(路肩が右のように崩れていることは当事者間に争いがない。)、このため、加害車は右側方に傾いて、前記のとおり栄二もろとも道路下の低地に転落した。
(二) 被告梅沢の過失及び栄二の死亡との因果関係
1 (一)に認定した事実に基づけば、加害車の自走の開始は、被告梅沢が、急勾配の坂道において十分な制動措置を施さず、漫然と加害車を駐車させた過失によるものであることは、明らかといわなければならない。
2 次に、被告梅沢の右過失と栄二の死亡との間の因果関係につき判断する。
急勾配の坂道で自走を始め、前輪を道路端の路肩から落として一旦停止した車両があるときは、その状態を確認するため、これに(特に路肩から落ちた前輪付近に)接近する者のあることは十分予測しうるところであり、従つて、その後に、車両の下の路肩が崩壊して同車両が転落し、これに伴つて、右車両に接近していた者が死傷した場合には、路肩の崩壊が、車両の重量以外の原因で惹起したと認められる特段の事情があるときの外は、接近者の死傷と車両の自走の開始、延いて自走を開始せしめた過失との間には因果関係があると認めるのが相当である。
本件においては、(一)に認定した事実から推して、路肩の崩壊は、加害車の自走の開始及び一旦停止の時点から極めて短時間(最大限数分間)の内に生起したものと認められ、これに、加害車がコンクリート・ミキサー四トン車で、当時二トンの生コンクリートを積載していた事実を併せ考えれば、右路肩の崩壊は、加害車の重量の負荷が決定的要因をなしたものと認めるのが相当である。もつとも、路肩崩壊の直前に栄二が加害車右前部に架乗したという事実が肯認されるのであるから、右栄二の架乗が路肩崩壊の誘因になつたのではないかとの推測が成り立たぬものでもない。しかしながら、前述の加害車の重量と平均的男性の体重(栄二の体重が特に平均を超えていたと認むべき証拠はない。)とを比較考量すれば、路肩の崩壊という結果について、栄二の体重が付加されたことによる影響の度合いは、相対的に僅少のものと解するほかなく、そして、本件においては他に特段の事情も窺えないのであるから、加害車の重量が路肩の崩壊に対する決定的原因であることを否定することはできないというべきである(栄二の行為については、これを、後述のとおり賠償額の算定において斟酌すれば足りる。)。そうとすれば、被告梅沢の前認定の過失と栄二の死亡との間には、因果関係があるとするのが相当である。
なお、被告らは栄二の死亡は同人の自損行為であると主張するが、本件に顕われた全証拠によつても、栄二が自己の死傷を意図して加害車に乗り込んだとの事実は認められず、また、加害車転落の原因は叙上のとおりであるから、結局、被告らの主張は採ることができない。
(三) よつて、被告梅沢は、不法行為者として民法七〇九条により、本件事故によつて栄二及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
三 被告会社の責任
被告会社が被告梅沢の使用者であり、かつ、本件事故は被告梅沢が被告会社の業務執行中に起きたものであることは、当事者間に争いがない。そして、被告梅沢に、本件事故発生につき因果関係を有する過失のあることは、前認定のとおりである。しからば、被告会社は、民法七一五条第一項により、本件事故によつて、栄二及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
四 損害
(一) 栄二の損害
1 逸失利益 金二三一九万九四一一円
いずれも成立に争いのない甲第一四号証の四及び一三、原告笑子本人の供述(第一回)によれば、栄二は昭和一三年一〇月一二日生れ(本件事故時三三歳)で、自動車修理工、自動車教習所の指導員などを経た後、昭和四五年五月頃からその住所地で金子自動車整備工場を営み、本件事故の頃は、妻(原告笑子)、妻の母及び子供二人(原告啓一、同美穂)を扶養していたことが認められる。
栄二の月収につき、原告らは金一〇万円であると主張し、原告笑子本人の供述(第二回)によつて成立を認める甲第五、第六号証及び同供述(第一、二回)には、右主張に添う部分がある。しかし、甲第五、第六号証及び原告笑子本人の供述(第二回)自体に徴しても、本件事故前、栄二の経営する工場の経理関係の帳簿類は整備を欠き、甲第五、第六号証もそれぞれ本件事故後に作成されたものであり、しかも、右甲号証間においてすら事業収入の数字に食い違いが見られること。さらには、昭和四六年三月の納税申告においては税額が零であつたことなどが窺知できるのであつて、これら事実に照らすときは、甲第五、第六号証及び原告笑子本人の供述(第一、二回)のうち、栄二の月収を金一〇万円とする部分はたやすく採用し難く、他に右事実を認めるに足る証拠もない。
けれども、前認定のとおり、栄二は、整備工場を営んで妻外三名を扶養し、本件事故当時三三歳であつたのであるから、同人は、本件事故がなければ、あと三四年間は稼働可能で、その間、総じて平均すると労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査(昭和四九年)による男子労働者の平均賃金(年額金二〇四万六七〇〇円)を得られたものと推認するのが相当である。そして、この間、生活費等として収入の三割の支出を余儀なくされるものと推認するのを相当とするから、栄二の逸失利益を現在の水準により算定すれば、ライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除し、次の算式のとおり金二三一九万九四一一円となる。
204万6700円×(1-0.3)×16.19290401=2319万9411円
2 慰藉料
原告笑子、同啓一、同美穂は、栄二が本件事故死によつて取得した慰籍料請求権を相続承継したと主張する。前述のように、栄二は本件事故によつて即死したものであるところ、生命侵害の場合、死亡者本人の慰藉料請求権が相続の対象となるかはさておき、被害者が即死した場合には、慰藉されるべき主体はその場で失われ、被害者自身において、慰藉料請求権を取得するということはありえない理であり、結局、右慰藉料請求権を相続人が承継取得することもない。従つて、原告笑子、同啓一、同美穂の右主張は採るをえないというべきである。
3 相続
原告笑子が栄二の妻であり、原告啓一、同美穂がいずれも栄二と原告笑子との間の子であることは前述のとおりであるから、原告笑子、同啓一、同美穂は栄二の逸失利益賠償請求権を法定相続分に従い、各その三分の一である金七七三万三一三七円ずつ承継取得したというべきである。
(二) 原告笑子、同啓一、同美穂の損害
1 葬儀費用 金三〇万円
原告笑子本人の供述(第二回)及びこれによつて成立を認める甲第一〇号証、第一一号証の一ないし一二、第一二号証の一ないし三八、第一三号証の一ないし一五によれば、原告笑子、同啓一、同美穂は、栄二の葬儀を行ない、また、仏壇仏具等を購入して、合計金八三万一九八〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。このうち、本件事故と相当因果関係にある損害としては、金三〇万円に限るのを相当とする。
2 慰藉料 各金二一〇万円
本件弁論の全趣旨に徴すれば、栄二の慰藉料請求権を相続取得したとする原告笑子、同啓一、同美穂の真意は、必ずしも右栄二自身における慰藉料請求権の発生に固執するものではなく、所詮、同原告らにおいて、栄二の死亡に伴う精神的損害につき金銭的填補を享受することができれば足るものと解される。そうとすれば、同原告らは、栄二の慰藉料として請求している額を、法定相続分に応じて同原告ら自身の慰藉料として請求しているものと解することができる。
しかして、同原告らと栄二との身分関係等本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を斟酌するときは、栄二の後述の不注意を考慮しない場合、同原告らが栄二の死亡によつて受けるべき慰藉料は各金二一〇万円が相当である。
(三) 原告力太郎の慰藉料 金一七〇万円
原告力太郎本人の供述によれば、原告力太郎が栄二の父であることを認めることができ、右身分関係等本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を斟酌するときは、栄二の後述の不注意を考慮しない場合、同原告が栄二の死亡によつて受けるべき慰藉料は金一七〇万円が相当である。
五 過失相殺
本件事故態様に照らすときは、栄二にも次のとおり不注意がある。すなわち、加害車は、重量のあるコンクリート・ミキサー車であり、停止したといつても、急勾配の坂道を一旦自走した後で、かつ、路肩から右車輪を落とした状態に在るのであるから、路肩の崩壊による転落あるいは再び自走する危険を予見して、加害車への接近、特にその右前部に近寄るには細心の注意を払わねばならないのに、栄二は、これを怠り、軽軽に加害車の右前部に乗り込んだものというべきであつて、右不注意が本件事故発生に寄与していることはいうまでもない。しかし、前記乙第八号証並びにいずれもその成立に争いのない甲第一四号証の九及び一一によれば、崩れた路肩がアスフアルト舗装を施したものであり、かつ落下した高さが約一・三メートルである事実を認めることができ、これらの事実をあわせ考えて、栄二の右不注意と被告梅沢の前記過失とを比較すると、その割合は栄二のそれを四、被告梅沢のそれを六とするのが相当である。そして、栄二の右不注意は、原告らの損害賠償請求権の金額を定めるに当つても、右の割合に従つて右金額を滅殺すべき事由となると解されるから、原告らはいずれも、前記認定の損害額の内六割に当る部分の填補を請求できるにとどまり、その余の部分の填補を請求することはできないことになる。
六 損害の填補
原告笑子、同啓一、同美穂が、自賠責保険から金五〇〇万円を受領したことは、その自ら認めるところであり、特別の立証のない以上、右金員は上記の損害賠償債権に原告ら主張のとおり充当されたというべきである。
七 結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告らに対し、連帯して、原告啓一、同美穂、同笑子は各金四二九万三二一六円及び原告力太郎は金一〇二万円並びにこれらに対する本件事故発生の後である昭和四八年八月三〇日から各支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中田四郎 江田五月 清水篤)